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まえ にもいろいろある

 ずうっとむかしのことばっか書きたくなるの、なんでなんだろっておもってちょっと考えてみました。

 

 ひとは、一生のうちで一冊は小説が書けるっていうのをきいたことがありますか?

それって、じぶんの人生を資本にしているからなんです。だから、過去のことを語ればだれでも、まとまった文章は書けるんですよね。

 

 むかしむかし、といっても1,2年程前のことなのでそうでもないんですけれど、とにかく捌け口が欲しくて欲しくて欲しくて堪らなかったな。

まわりの優しさに甘えて、たくさんの大事なひとたちに当たってしまった。

でもそれでもぜんぜん足りないから、音楽をして、でもそれでも足りなくて、未だにこうして駄文の集積をつくって、眺めて、また自己嫌悪になって、それでまた音楽するの。

 

 なにかをつくる原動力がものすごい負のエネルギーで、それがちゃんとリサイクルしちゃってる。だからどんなことも(生活さえ)いままでとても不安定で、いまだって胃がとても荒れているみたい。ほんとうに調子がわるい。食に内面のイベントがずっと反映されっぱなしの状態。正直きついのに、なんかなおらないんだよね。

 

だから、正味この負の積載がぜんぶ解消されたなら、もうじぶんはなにも表現活動しなくてよくなるし、そのほうがもしかしたら本来の道だったというか、溜め込まなかった場合のもうひとつのじぶんの人生だったのかなぁなんて風にも思ってる。

じゃあそれならわたしはいまから、これまでの けもの道からちゃんと整備された公共の大通りに出て、やっていくのを目指すのかというと…どうなんだろう。わからない。

 

 じぶんが嫌だと思うこと、感じることにばかり目を向けて、じゃあ周りの人はいまのその駄々をこねてるだけの赤ちゃんみたいなあなたを見てどうなの、って。考える段階まで行ってなかった。振り返るとすごく恥ずかしいし、でも反面、精神的な幼少期を積み残して大人になってしまった負債の返済でもあるから、仕方なかったとも思う。長いあいだ嫌な思いをさせてしまったひとたちには、ほんとうに申し訳ないのだけれど...

 

 とにかく駄々をこねて細かいところまで被害妄想して当たり散らすわたしに、ほんとうなら誰もが呆れかえって顧みられることもなかったはずなんだけど、中には優しさを傾けてくれるひとや友達がいて、干からびてヒビばかり入って、何も素直に受け付けなくなってたこころが段々潤いを含み始めてた。それでもさいごに意地を張って、意味もなく他人の注いでくれる潤いを固辞していた部分も、ついこの間決壊した。

最後の決め手は他人の演奏する音楽と、他人の選んだ言葉と。それでじぶんの音楽とじぶんの選んだ言葉がじぶんの首を麻糸できりきりと締め上げていたってやっとわかった。

 

 音楽は、していてそれまでずっと楽しくなかった。楽しいと感じるときはあったけど、全体として「なんでこんなこともできないんだろう、わたしってわたしって」とじぶんを追い込む材料にしかできてなかった。

 

だからその時言ってた他人に聞かせる音楽云々だのって、なんていうか

 

けっきょくじぶんのこと話したいだけのくせにあなたのためにって言ってるようなもので、要するに話のすり替えだよね。

きっとうさん臭かったんじゃないかな。そういうわたしの持論を聞かされる方も。それも不快な思いをさせたなって思うし、いまならそんなものって優しく笑って聞いてあげられるのにって、悔しさもあるし、何より振り返るのがイタいから嫌。(笑)

 

 文章も発散のために書いてるから楽しくない。書いても書いても100%発散しきれないから、小出しにうるさくしてる感じになって、当然だけど読んでてうざいんだよね。

それで、書き方も変なところで表現にやけに気を遣ったりするから、安心して読めないし、テンションの凹凸が否めないので、とても読みづらい。(笑)

あとメルマガの仕事もそうだけど、じぶんでやるって言ったくせにやらないで放置、締め切りに遅れてみんなを困らせる、挙句の果てにはメルマガの序文で言い訳をするという醜態ぶり。(笑)(笑) はい、だめな大人の典型ですね。

やっと慣れてきて、いまは違うけどね。(笑)

 

 けっきょく文章も音楽と同じやり方をしていたと思う。最終着地点がけっきょく自分以外のところに向いていないから、すごく自分勝手なんだよね、やり方が。だから、よくなかったよね、って、よく反省してる。

でも、そういう過程の中でむしろ書くことも演奏することも、ほんとうに芯の部分、核になる部分て何なんだろうって考え始めた。

迷走はしてたけど、気付きがあった時点でサッとなかったことにして、公道にしれっと戻れるタイプじゃないから、めんどくさいなっておもう...

 

1年後、全然違うじぶんになれてますようにって、今年ほど願うこともないと思う。

負債は返し終わったみたいだから(利子分も含め)、とにかく正の方向に積み重ねなきゃだ…

 

 曲がった道は きっと曲がったままにだと思うけど、原動力のタンクの中身を総入れ替えしなきゃならないんだから、ここでこけたらおしまいだ。

仕事、勉強

 仕事とは何ぞや。

 

好きなことを不自由なくするための、金銭を得る手段です。

 

それを以て、社会とのかかわりの機会とし、また人間関係の場であることとも不可分です。

 

 学校とは何ぞや。

 

学ぶ場です。

 

では何を学ぶのか。

 

好きなことを学ぶのも楽しそうだとは思っています。趣味としての勉強は、なにより捗るでしょうし。

 

でも机上の作業が、いまわたしはなかなか好きになれなくて、困っています。

趣味としての勉強が、成立しにくいと感じています。

 

でも重い腰をあげなきゃならない。お金のこともあります。

在学維持費は馬鹿にならないことくらい、わかっていますし。

 

やっぱり、はたらく両親を18年みてきた、そして愚痴を聞いたりいっしょに出かけたりで仕事のストレスをある程度は癒してあげてきた(ひとりの家族として)(子供としてはたくさんストレスをかけていただろうけれど)人間としては、わたしも仕事にやりがいや生きがいを求めてしまう人種なんだろうと思っています。

いまは、あんまり身近にそういう人がいないのですけれどね。でもそういう人たちのことも大好きですけど。

 

じゃあ仕事をやりがいにするための手段だ。学校行くのは。思う分には簡単だし、こうして書くのもそれっぽいだけで、何の意味もないことくらい、わかってはいます。でも、あまりにも自分の腰が重いので、段階を踏んでエンジンをむりやりにでもかけなきゃいけない状況なんですよね。

喫茶店に来ました

 喫茶店の使い方が、いつもよくわからない。

ちょっと環境を変えたい。リラックスかつ集中できるところでまとまった作業をしたい。思い立ったときはいい。いざ来店すれば、どちらも地に足つかずになる。

割と高いなと思いつつトールサイズの珈琲を注文する。そして結構高いなと思いつつ何か食べ物も選ぶ。喫茶店に来店したという事実で頭のねじがゆるんでいる。と同時に財布の紐もなぜかゆるんでしまう。この現象にカフェ・シンドロームと名前を付けよう。

 

カフェ・シンドロームを伴いながらこれを書いている。

喫茶店のように覗こうと思えば覗けるような場所で、こんな書き物をしているのは可笑しいのかもしれない。カフェ・シンドロームは併発症状として、時を同じくして店内にいる他の人間の目が異様に気になるというのがある。自意識が通常よりも途端に過敏になる。商品をカウンターで受け取って、席に着く。その瞬間から、晒し者のようにカフェにいる人間はプライベートを勝手に展開し始める。

 

どうしてなのだろうか。このような症状が生まれるのは。

もともと1人が気楽、と普段強がっているような寂しい人間なのだが、こういうところで自分のコミュ障みを実感することになる。それならば最初から来なければいいのだが、カフェという特殊な空間は、何故だか常に魅力的に思う。このような症状が発作する故の憧れかもしれないし、むしろその所以なのかもしれない。まあ、どちらでもよい。今日頼んだ珈琲も、あ、トールサイズって意外と量が多くて得、と思った。毎回そう思っている。そして飲むタイミングがいつもわからなくて、すっかり冷めてしまってから一気に飲み干す。作業も一段落までしないで、いろんなものが中途半端なまま帰ることになる。いったいなんのために来たのか。わざわざお金だけ払いに来ただけのようなものか。しかし美味しかった珈琲を想うと、実際は始終 挙動不審で店を後にしただけのくせに、贅沢しちゃったとか思えてしまうから不可思議なのだ。

 

 いろんな他人のプライベートをのぞき見しあえる空間でもあるから、自分の様子が開けたお洒落な内装の中で無防備に晒されている、という見られるスリルを味わえた達成感なのかもしれない。その中で少し高価な飲食を片手間に、まるで没我しているかのように振舞う。その不自然な体験に非日常を感じて喜んでいるのだろうか。まったく自分のことながら、苦手なくせに何故カフェに来たがるのか、よくわからない。

6年前のばか

 ふわり。春らしいぬるい陽気に、ビー玉色の快晴。雲の灰色が少し重たいけれど、いい天気だった。

少しも嬉しくなかった高校の合格発表の日だった。

合格したけど母の母校の進学校で、小さいころから洗脳みたいにしてこの高校の名前が刷り込まれていた。

受験のときほかの選択肢は最初からないみたいだった。じぶんでも体面上そこしかないとじぶんに刷り込み作業をして、でも受験日の一週間前にはもうすでに燃え尽きていた。これ以上に思い入れも特にない学校だから、塾で目をかけてくれていた先生にも、「もっと喜べよ」と肩をポンと叩かれるくらいには気持ちが沈んでいた。

 これでもう自分の仕事は終わったと思っていた。もう言われた通りのとこには入ったんだし、ほかにいくらでも好きなことしていいと思っていたけど、びっくりするくらいに「これがしたい」と思えることがなくてさ。6年経ったいまもその時と同じ気持ちなんだな。さびしい、中身のない貧弱な人間だとおもう。

 実際は高校に入ったからと言って好きなことなんてひとつも許されなかった。部活が終わってから遊ぶこともしなかったし、先輩や友達とカラオケに行くのにも許可が必要だったし、楽器だって反対されてひと悶着の末に許されたような感じだった。ひとりで東京や横浜に行ったこともない。お小遣いもない。お年玉は貯金にうつされてしまうし、収支はすべて記録しなきゃいけない。彼氏との電話は父親に盗み聞きされる。メールも勝手に読まれてしまう。高校のころ、押尾コータローがどこかの店頭で流れていて、サンプルのCDをひたすらリピートして、これが欲しいので買いたいといったら「いつかね」といわれて、誕生日とか特別な日にくれるのかなと待っていたけど、結局手元にくることはなかった。また聞きたくて同じ店に行ったけれど、サンプルCDはJpopの女性シンガーのものに変わっていて聞けなくなっていた。

 あっという間に大学受験をする時期になって、母の母校が京都の私立だったので、どこか関西圏の大学にしなさいと言われ、ただ言われるがままにうなずいていた。どうでもよかった。むしろ実家の親元から離れられるのはじぶんにとって都合がよかった。早くこの家から離れたい一心で中学のころ必死に勉強して、高校に言われた通りに入ったら少しは自由にさせてもらえると思っていたのになにも変わらなかった。どうせ大学に入っても同じなんだろうし、いまさらじぶんの意見もなにもない。親や親族は、わたしの人間性やじぶんの人生を生きているかよりも、親たち自身の知っている範疇にわたしが収まっているかどうかが大事なのだ。わたしが少しでも自分の知らない範疇に足を踏み入れることが許せないのだ。その証拠に少しでも反抗しようものなら、「衣食住を用意して、毎日食わせてやっているのに好き勝手ばかりして、いい気なものだね。あなたにいままでわたしたちがいくらかけてきたと思ってる。子供は親の言うことを聞きなさい」といって脅すのだ。お金をかけてきたのだから、いうことを聞けというのだ。お前自身の好きなことや価値観は、親の範疇と少しでも被らないところがあれば許さないというのだ。そんなひとたちだ。わたしはかわいそうだと思った。このひとたちの世界は狭い。目の前にもともとあったものだけを信じてきたのだろう。知らない世界を拒絶することでしか守れない自分だったのだろう。かわいそうに。わたしはこのままいきたくはなかった。京都に行ったら、ほんとうにひとりになったら、なにもかもやめてやる。勉強はもちろん、いままで行ったことのないところに行って、やったことのないことをして、うまくいくのかわからない大きなことも手を出してみて、それで思い切り失敗して恥をかいて、そして廃人みたいになって親たちからは見捨てられ、友だちとか言っていた人たちからも見下されて勝手に死んでやるのだ。死んだあと、母はきっと号泣するだろう。勝手に理由をつくって泣くだろう。感動的な親と子のストーリーを、周囲の人に涙ながらに語るのだろう。わたし自身のことばは、なにも意味をなさない。あの人たちの前に現れることもないだろう。興味さえ持たれずにしまっておかれるのだ。わたしはこうして死んだって、わたしの言葉でかたられることすら無視されて終わるのだ。さびしくて貧しい、中身のない人生だ。そんなことを思って、6年。

 

ばかばかしいと思う。何をやっているときの自分もばかばかしく思える。大学受験のときに思っていた通り、いろいろなことをやらかして、それでけっきょくなにが好きなのかとか何がしたいとかもわからないままだ。人生はばかばかしい。

4月からはさぼっていた学校に通う。きっと昔と同じで毎日決められたことをして淡々と過ぎていく面白みのない毎日に戻るのだと思う。結局なにもわからないまま馬鹿をしただけで終わった3年間も、きっとなかったことみたいになって時間は過ぎていくんだろう。

このあいだ、友人が死んだ。知らされるまでその友人に関する最近のことは何一つ知らなかった。でも、わたしに「友人」と表記されるのを彼女はきっと嫌がらない。そういう人だった。まさか死んじゃうなんて思ってなかったよ。ねぇ。人間のできた人から死んでいくのってなんでなんだろう。あなたのこと必要としてる人は、今までだって、これからだって、ずっとずっとたくさんいただろうに。なんでこんなに早く死んじゃってんのよ。ねぇ。

 

きちんと生きて、人との時間を丁寧に重ねてきた人が死んで、

じぶんをないがしろにしてきた末に勝手に暴発して、人との時間を雑に生きている人間が今日も生きてて、ほんとばかみたいだ。

 

6年前、きっとあなたは友だちと一緒に高校の合格を喜んで楽しく過ごしていたでしょう。わたしはわたしの合格を喜ぶ周りにふてくされて、イライラしてた。

ほんとばかみたいだ。人生は。

いいな

どこかの明確な何かに向かってる人はいいな。

先にあるものは何でも。四年で卒業するとか、就活で無難なところにおさまるとか、家業を継ぐとか、資格をとるとか、名前のある未来を目指せるというのは。

 

だってこの先どうしたいのか、もうわかんないんだもの。

むかつき疲れたらこの世の小さな幸せを謳歌してやる

「お前は扱いづらい」

 

昔付き合っていた人とちょっと口論になった時に、彼の口から漏れ出たこの言葉。

扱いづらい。

嫌な響き。でも当たってると思う。思えば、小学生の時から高校までずっと、担任の先生泣かせな生徒だった。家庭でもイレギュラー扱い。あなたは人の気持ちがわからないのね、とよく母に言われていたこと。部活とか、クラス活動とか、そういうのあんまり馴染めなくて、気を許せるかもわからない大人数より、確実に気の合う少人数と一緒にいるのが好きだったからなんだけど、やっぱり集団の中ではいつもマイノリティ。だから友達正直少ないし、でも別に、気を完全に許せる仲じゃないにしても、その人のことを嫌いだとか受け付けないとかではなくて、単純に「わたしはあなたのことをあまりよく知らないから」と思って引いてるだけなのだ。知らないから、知ろう、って前に出れないので、あ、これはわたし、この人に気を許してないんだな、と自覚するわけで、あくまで遮断しているわけではないのだ。でも、こんなこといちいち他人に説明しない(する方も聞く方もたぶんめんどくさい。)し、説明しないからわからないんだろう、伝わらないんだろう、説明すればいいのかもしれない、と思ってもなお別にあえて言いたくない。別に世の中の出会う人全員に気を許そうなんて思ってないし、仲のいい人と細く永く続けばそれでいいと思っている。一般的な価値観じゃないのかも。多分そこらへんが、わたしが「扱いづらい」理由なのだろうなって、思ったりする。

 

けどね。それ、本人に言う?????????

本人に言うことですか???????たとえつい漏れ出てしまったにしても、やっぱり常々思っていたからそういう言葉が出るのだろうし。むかつくわー。むり。

なんか、そんなことを思い出したりして。最近夜に雨に降られることが多くて、それがたいてい自転車で楽器を背負って外出しているときで、くそっ、てなる。これもむかつく。

そうやって、心の中に泥みたいに鬱々とした感情が溜まっていって、しこりになって、何年も残る。しこりはたくさん持ってる。これもまたむり。つらいししんどいし。

 

21年。ながいな。よく生きてきた。ほんとによく頑張ってきたもんだ。それなりにつらいことたくさんあったね。

すぐほかのだれかと比較しちゃう。あーわたしってやっぱだめなやつだ。そこでまたむりってなって殻に閉じこもる。独りで勝手に落ち込んだり立ち直ったりして、他人から見たら劇的なダサさだろうな。そうやっていつも独り相撲結局はしてるだけなのに、気がつかないで、「あー今日もわたしの苦労・心労、だれもわかっちゃくれない」とかっていじけて拗ねちゃって、ほんとバカみたい。幼児か。お前は幼稚園児なのか。21歳児。おい。ほんとバカ。

 

自分のことまあまあ叱咤激励してよく育ててきた方だとは思うんだけど、なんていうか方向性ミスったよね。ないわー。まじで。他人に対して優しすぎるんだよね、お前は。

普通一般的に、自分のこと考えるみたいにして他人のこと考えたりしないもんね。その人の育ってきた背景だとか、自分の知らないところにまで、「自分が知らないこと」にまで配慮をしてそこまでして基本的に理解できない行動も共感できない行動もとりあえず肯定する。この人はこういう考え方をする。多分この人なりの理屈が通ってそれをしている。わたしはそれを知らないから共感はできない。でもそれとこれとは別で、わたしが相手の行動をいちいち是非の判断する理由にはならない。そういう、これも「私なりの理屈」なんだけれども、めちゃくちゃ個人的な価値観に自分も忠実な方だから、わかる。そんな感じ。

でも、それだけ他人のこと思いやれるからって、前提を忘れてたらいくら思いやりだろうが肯定の気持ちだろうが、一方的な価値の押し付けにしかならないので、押し付けられた相手は不快。押し付けられたということに対しての不快なんだ、それは。

 

「愛情」という言葉はずるい。世の中でいちばん「愛」がうさん臭くてパワー持ってる。言葉としての肯定のパワーがすごい。すごいから、どんな文脈も無視して「愛情だから」「愛があるから」といえば全世界がそのひとのことを肯定してくれちゃうんだ。ずるいよなぁ、それって。「正義」と同じで、自分の辿ってきた文脈を振り返りもしないで、使われてるんだ、日常的に。されて嫌なことは嫌だし、それはされた側が思うことであって、する側の気持ちとかどうでもいんだよ。だってされた側が不快なら、する側はほんとに相手のこと思いやってなかったというなによりの証明。でも認めたがらないよねたいてい。知ってるよそういう人たち今まで多かったしごめん悪いけど心の底から軽蔑してるんだそういうとこあるひと。自分がされてきてやだったからね。でもじぶんもしてるかもしれないからって考えるとまたやんなってくるよね。しんど。

 

なんか、そういうのとか。考えてもしょうがないことばっか大人になって考えてる。

もっと大事なことから逃避してるんだね。自分にとって大事なことをするのはこわいよ。いじったらどこかが狂って、だめになっちゃうかもしれない。またネガテイブな未来ばっか想像してる。

 

こうやってほんとに疲れたときは、お気に入りの定食屋に行って、ほかほかのご飯と、ちょっと味の濃すぎる味噌汁と、なんか揚げ物、より肉かな、肉と、あとちょっとだけ添えられたほとんどキャベツの千切りでしかないサラダの小鉢で元気になって、その帰り道でコンビによって、なんとかパフェみたいなん(たいていプリン乗ってる)買って別に家にあるし要らないのになんかスプーンつけてもらって、お湯沸かしてカフェオレいれて、かわいいマグカップで飲むの。おいしい。前は確実にまずいと思った粉末のカフェオレでさえ疲れてたらこんなにわたしに優しい。素晴らしいこの世界は。そしてお風呂にきれいな色の入浴剤(だいたいピンク)投げ込んで、ジュワーって発泡してるうちに身体入れちゃう。めっちゃほかほか。めっちゃきもちい。天国天国。

あとは湯船から出ていい匂いのシャンプーとトリートメントしたら、お風呂から上がったころにはもう嫌な気持ちなんてぜんぶ忘れてるさ。そんなものさ、悩みなんてまじめに悩むのばかばかしいよ。いやなことはぜんぶ忘れちゃおう。

 

自分のコントロールができるようになったから、前より中身も大人になれてるかな。ほんとこどもの部分て自分でうまくあやしてあげないと、この先やってけないよね。「だいじょぶだにょーん(´・ω・)ノㇱ」って自分のことヨシヨシしてあげないと定期的に。労わってあげないと独りじゃやってけないよ。自分だって自分のこと扱いづらいって正直思ってるし、ていうか自分が一番自分に手をこまねいてるんよ。だから、わかってるんだよそんなことはさ。わかってるし、自分でなんとかできるからそのうち。もっと優しい言葉ちょうだいよ、どうせくれるんなら。はい、以上です()

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もう関わらないでくださいの手紙

わたしのたったふたりの親友へ。

きっと届くことはないだろうけど、もう一度だけ手紙を書くことを、許してください。

 

 

 

あなたたちと出会ったのは、とある夏休みでしたね。

 

 

家に帰ってからも、何度も、何度も、何十回も、何百回も、何千回も思い出していたから、細かいところまで、よーーく覚えています。

 

いっしょのカヌーに、一度だけ乗ったね。あのときのあなたは、殿様みたいだった。わたしはあなたに言われるまま、もたもたして、鬼ごっこには参加さえしなかったね。

橋の下で。あなたは俺たちの勝ちだって言ってたけど、ぶっちゃけ不戦勝じゃんって可笑しかった。

そのあとみんなでカレーを食べたね。美味しかった。わたし、じゃがいもが上手に切れなかったけど、精いっぱい表情に出ないようにして、余分なくらい真剣だったよ。

あんまりおなかが空いていたから、いただきますをする前に、ひとりで食べちゃった。

あなたには、フライングだーって、笑われたね。あなたには、くいしんぼーって、言われた。わたし、すごく恥ずかしかった。でもすごく、嬉しかった。あなたたちと最初に話したその日。

 

 

次の日は、何をしたっけ。そうだ、確か、一日中、カヌーを漕いでた。

体育座りした胸の高さで追い越す、川面の模様と光、山に挟まれた天球の青と、サイダーの泡みたいな綿雲の爽快さ。

たまにオールで水の掛け合いをしたりして、ふざけて、楽しかったけど、わたしはうまく水を跳ね返せなくて、あなたたちに笑われたね。笑ってばっかだった。

 

その次の日は、わたしは冷え性だったのでおなかが朝から痛くて、川遊びができなかった。とってもきれいな川で、透明なエメラルドグリーンが、濃度を自由に変えながら、他の子たちを飲み込んでいった。わたしは日陰でそれを見てた。あなたたちのサイズの大きすぎるトランクスみたいな水着の柄と色を覚えておいて、探したんだけど、同じような人がたくさんいて、すぐ見失ってしまった。

目で追うものがなくなって、ただぼーっとしてたら、びっくりした。

あなたが川から上がってきて、でも見ないふりをしてた。ちょっとドキドキしてたのを覚えてる。

でもね笑ってしまった。だってあなたがゴーグルの中に何を入れてきたのかと思えば、川の水が入ってたんだもの。ゆりおなか痛くて入れないだろうから持ってきたって、かわいいよね。その中にお魚も入っていたっけ??忘れてしまった。

 

キャンプファイヤー、みんなでしたね。

怖い話の出し物をわたしたちの班はしたような気がするけど、全然ウケてなかった。猛獣狩りしてた班の、当時の中学生の班は、すごかったね、盛り上げ方が。

あのおデブのこと、ふたりとも覚えている??わたしのことを、巨人、巨人、って見つけるたびにからかってくるの。

3人で居たら、またおデブがわたしのことをからかってきて、わたしが黙ってたら、あなたたちが言い返してくれた。黙ってればやり過ごせるって知ってたけど、一生懸命おデブを罵倒してくれるあなたたちが嬉しかった。そんな風に守ってもらったことが、無かったから。

 

帰る前の日のキャンプ場で、わたしたちはテントを隣にしたよね。

ご飯は闇鍋だったけど、リーダーのみかんが食べられる闇鍋にしようって言ったから、みんな食べられそうなものを入れたよね。名ばかりの闇鍋。

あなたが飯盒の係で、みかんにどれくらい食べられると思うって聞かれて、10合はいけるって、得意そうに答えていた。あのときやばいなって思ったけど、案の定みんな食べきれなくて、あなたはみかんに残ったご飯の処理を任されてた。

夜にたくさん話をしたよね。あなたたちは一緒のテントで、わたしは女だからほかの女のこと一緒のテントで、テント越しに話をした。あなたは途中で寝ちゃったよね。さくらことワンピースの話してる途中で寝てたよ。あなたが寝たあとはあなたとずっと話をしてた。お互いの学校のこととか、他の子たちが寝るまで話をしてたよ。

 

朝は5時起きで、みんな眠くて、でもわたしたちは自然に集まって3人で配給されたサンドイッチを食べた。わたしはイチゴジャムのを食べたけど、全然おなかにたまらなかった。

 

帰りのバスが来て、乗ったけど、席が離れちゃったんだよね。あなたたちがえ~~って、すごく残念そうに言って渋々席についたあとで、わたしは座席の裏のポケットに備え付けてあった白い半透明のポリ袋に、持ってたぷっちょを2つと、住所をメモ帳に書いたのを切って、中に入れて、ぽいって投げた。

痛って声がしたから、頭にでも当たったみたい。ポリ袋は投げ返されてきた。中にはお返しのお菓子と、あなたたちの住所と。でも、字が汚くてあなたのは解読不能でした。

わたしはそのあと寝ちゃったみたい。あなたたちが言ってた。何回も名前呼んだのに、ぜんぜん反応しなかったって。

 

飛行機では、ずっといっしょにいたから、チケットも連番だったんだよね。3人で喜んでた。でもわたしはずっとこれからも毎日ふたりと会えたらいいのにって考えちゃって、今ビデオ見返すと、いっつも暗い顔してるの。だって、学校に、家に、自分の部屋に、戻りたくなかった。

 

わたしがはじめての飛行機で、緊張して、またおなかを痛くしてたら、あなたは背中をさすってくれてたし、あなたはもし墜落したら、俺が守ってやるからなって、言ってくれた。こんなに同じ年頃の子に優しくされたことなかった。大人にもなかった。だから、ずっとだいじにしたい友だちだなって、思ったんだよ。

 

でも結局、だいじになんてできなかったよね。ごめんね。ごめんね。

ごめん。

 

 

わたしにとって、あなたたちは、あなたたちの名前でしか、ないです。

気がついてみたら、もう10年も経つころだよ。こうして20年、30年、40年、80年経っても、きっとわたしは今と同じだけの鮮明さを以って、わたしの内面であなたたちと話したり、見たり、触れ合うことができる。

あなたたちはわたしの中では、既に死者です。よくない意味ではなくて。もういない人なんです。

だから、どうか元気にしていてください。わたしのいないところで。わたしと関係ない場所と、人の中に揉まれて。そこらへんのひとと同じようにして、わたしとすれ違っていってください。

 

さようなら。あなたはいまげんきにしてますか?あなたはいま楽しく過ごせていますか?答えなくていいです。答えを聞きたいわけじゃないです。さようなら。幸せになってね。きっと、わたしが死ぬときに思い出すのは、あなたたちとの軌跡です。