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京都は、夜が良い。

 反射的に跳ね起きた。

5:30。無印のアナログ時計によれば。

とっさに掛布団を足で跳ね上げ、畳もうとした次の瞬間、ふと思い立ちiPhoneの電源を軽く押した。AM5:36。

ほうっと息を吐き、3分の2くらいに畳まった敷布団に勢いよく体重を預ける。

ここ最近、というかもうほぼ1年半くらいはまともに学校に通わなくなっていた。

大学、とぼそりと響きのない音が、羽毛布団に吸い込まれ消える。

 

 

わたしは京都のとある私立の大学に在籍している。

 

2年程前、福島県の復興プロセスに興味が湧き、一生懸命フィールドワークをし、社説や文献で言われていることとのギャップを追うことに奔走した。

しかしわたしの思っていたよりギャップはあまりにも広大だった。

 

わたしは研究者にはそれなりに尊敬の気持ちがあった。

世間では頭でっかちな職業、現場に役に立たないと言われがちでも、いや、そんなことはない、学問は本来現場に大きく貢献するものなのだ、だって現場のための学問なのだから、そんな風に信じていた。

 

でも実際、理論と現場はもはや、境界線があるどころではない、隔絶していた。

熱意があっても所詮は学生、なにをどうやってこのギャップを埋めたらいいのかさっぱり手の付けようがなかった。

むりやり取り掛かるにしても、この「理論」と「現場」というまったく別の二つの世界には広大な宇宙が存在しており、それは文明というものが生まれて何千年のあいだに両者の間にねじれやゆがみといった詰め物がなされ、広がってきたもので、とても一学生の手におえるものではない。

まして「未曽有の災害」と銘打たれた被害からの、本当に建設的・健康的・効率的・感動的な復興プロセスなど、ひとりの社会的経験にも乏しい若者の脳ミソなりの理想論にすぎないのであって、途方もないアイデアでしかなかった。

 

そこまでようやくたどり着いたとき、わたしが大学で講義を受け、卒論を書くための道しるべはとっくに消え失せていた。

「学校に行くのをやめよう」と、わざわざ思うまでもなく講義に行かなくなった。

かわりにサークルに没頭しすぎて、今度は南相馬市(※)の方だけでなくサークルでいっしょに活動している同期や先輩、後輩に迷惑をかけるようになる。

感情的になることが多くなり、snsで嫌味やいらいらをぶちまけ、楽器も単なるストレス発散でしかなく、かといってまったくストレスも発散できていなかった。むしろストレスを動力にした楽器の奏でる音はほんとうに汚くて、じぶんの音は心の底から嫌いだった。それなのにサークルのみんなが気を遣って「うまいね」といってくれるのが悲しかった。

 

人生失敗したんだ、と思ったとき、付き合っていたひとと別れようと決めた。

なにも彼までわたしの個人的な問題に巻き込む必要はないのだ。

徐々に距離をとり、彼がいやがりそうな女をlineやツイッターで仰々しくアピールしたりした。

まわりにはいかにも自分が別れたくてしょうがなかった風に話のネタにした。

 

そして冒頭のように毎日朝を迎える生活を続けている。

いわゆるクズ学生というジャンルではあるが、つぎにやることは決まらないがとりあえずみんなとはぐれないように進む、という日本人らしい対応が、こういうときどうしてもできない。自分でも途方に暮れている。

 

唯一音楽だけは3年間一貫して聞き続けている。

そのためか、いまは自分のことはミュージシャンだと定義している。かっこ落ちこぼれ学生かっことじ。

 

じぶんが音楽をする人間だと割り切ってからは、考えるプロセスがまったく変わった。

 

優先順位がなにごとにもはっきりつくようになった。

音楽を発表する機会がなににもまして重要だと思うようになった。

次に重要なのが、ほかのミュージシャンの音楽を聴く機会。

その次が、お金の運用。稼ぐことと使うこと。

そして、かっこ学生かっことじ。

 

もちろん現実的な話、単位はとらなければ中退するしかない。せっかく入学したのだし、卒業しなければもったいないとは思っている。でも、すでに最も優先する事柄ではなくなっていたのだから、しかたがない。両親に平謝りはするとして、その先のことはわからない。

 

なぜか就職のことは割と考えている。

文章で勝負したい。とくにセンスがあるとは思わないけれど、雑誌のコラムを書いたり、取材に行ったり、文化的に豊かな生活が送れそうだ。

 

将来住む場所は、京都がいい。神戸にも惹かれるけれど、いまの音楽環境を手放したくない。

 

3月から煙草をたまに吸うようになった。

ヴァージニアのロゼとかかれたピンク色のおしゃれなパッケージのものが好きだ。甘い味がする。友人にはお水のひとが吸うやつとコメントされたけれど、人前ではめったに吸わないから特に気にせず家でふかしている。

お酒はさいきんジャックダニエルの水割りがちょうどよく酔えるので、お金に余裕があるときは注文する。ウイスキーは一度美味しいものをいただくと喉で味をしめてしまうのでいけない。

 

週2、3で深夜にパブから帰る。夜の京都は静かで、誰も人の顔なんか見ちゃいない。気が楽だから、この時間に歩いてのんびり下宿まで帰る道のりが好きだ。

 

この環境と、この生活習慣は、手放せない。

 

21歳の夏も、のんびり過ごそうと思う。8月は外での演奏機会がわりと多いので、いまから楽しみだ。

 

下宿のカーテンは遮光性があるので、24時間つけっぱなしの換気扇の風でたまに翻ると、いきなり賑やかな光が差してまぶしい。

昼間は、人の目も、光もありすぎる。京都は夜が良いのだ。日焼けもしないし。

 

 

(※:福島県の海沿いの市で、東日本大震災において津波被害・地震被害・原発被害・風評被害の重なった地域。現在は避難指示も徐々に解除され、高齢者を中心に少数ながら住民も戻りつつある。)