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”海の見える街”

 濃い緑色の、深い座席。

よくみると先客の座った跡が、起毛を潰して影のように残っている。そこにぴったり収まるように、ゆっくりと腰を掛ける。

目の前の席では、おしゃれな(大阪でいう意味での?)マダムが二人、カラカラと賑やかに談笑している。

 

阪急電車の内装には情緒があると、乗るたびに思う。

優しく落ち着いた木目調の車内に、ゆったりと余裕をもって広げられた窓枠、

そこから差し込む日光は激しさが緩和され、ゆるやかにフロアに落ち、一段明るい足跡をちろちろと移り気につけてゆく。

 

昼間のこの時間、本来なら学校へ行って退屈な授業を受けているべきなのかもしれない。

 

色々と背景はあるにせよ、(くわしくはこれに既に書いた)私はクズ学生を一年半継続しているキワモノのクズJDだ。

 

この日の朝、急に思い立って神戸のポートタワーに行くことにした。

 

yuriyuriyuriyuri88.hatenadiary.jp

 

 

最寄りの駅から梅田駅まで、優しい木目の空間に揺られながら、一時間弱。

 

 

ポートタワーまで行くのに、梅田で降りる必要性はとくにない。

 

ほんとうだったら梅田駅の少し先、十三駅で神戸線に乗り換え、三ノ宮から高速鉄道に乗り一駅、という道のりなのだが、大阪の病院に通っていた時のクセが出た。

 

電車を降りてから気がついたので、せっかく電車で旅するのだし…ということで改札を出てすぐのブックファーストで文庫本を2冊買った。

 

 

角川文庫のなんとかフェアで、対象の本を買うとブックカバーがもらえるらしくて、どんなのがもらえるのかと思ったら、そのときは好みのデザインのものが無かった。

 

新潮文庫山田太一の「月日の残像」(帰りのトイレ下車で失くした)と、石田衣良の「夜の桃」(電車内という公的な空間でエロい文章を読む背徳感を味わいたかった)をバックパックにしまい、もって来ていた綿矢りさの「ひらいて」(恋愛小説の中でも特にお気に入りで、いままで4度は読み直している)からブックカバーをはずす。

 

車内で官能小説を読むというスリルを想像してちょっとドキドキしながら石田衣良を買ったのに、実行に移すとなるとハードルが上がってしまったように感じて、けっきょく脚本おじさんのエッセイの方にカバーをかけた。

 

 

そこから新開地行きに駆け込み乗車し、駅員のおじさんに会釈しながらいそいそと空席を探す。

見つからなかったので、展望のよさそうな優先座席の向かいの窓枠のまえに立つ感じで所在を得た。

 

 

街並みが流れてゆく。

 

家々の輪郭は一瞬のうちにつぎつぎと入れ替わる。

憧れの神戸の街。

高校生のころ、親の国立志向の影響とじぶんの見栄で、神戸大学を第一志望に意識していた時期があった。結論、そこまで勉強が追いつかずに受験さえしなかったけれど。

 

まだ山と住宅街ばかりで海が見えないせいで、じぶんの実家や下宿まわりの風景と変わり映えがしない気がして、思っていたより退屈だと感じた。

 

車内に立っている人は私以外ほとんどおらず、優先座席までちょうどよく乗客が収まっていたので、慣れない場所に向かっていることも相まってじぶんの異質感が増した。

 

三宮まで、15駅。

そこから鉄道に乗り、着いた先は重厚な赤レンガの地下の駅だった。

六甲駅あたりから徐々に風景に海が加わりだし、三宮の鉄道乗り場も開放的な印象だったので、薄暗く電光掲示板や案内板さえ控えめな花隈駅は不気味ささえあった。

 

階段をぐるぐると上がり、改札を出ると潮の気配。香りというか、気配だった。

海がある。駆け出したい!!

 

じっさいは途中で珈琲屋さんや雑貨屋さんに寄ったりして、かなりゆったりしていたけれど、心は潮の気配が近づくたびに踊り出していた。

 

駅から商店街を抜けてからは、海までひたすら道路。

今度こそ子どものように早足になる。そして。

 

 

 

良い天気。

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生まれも育ちも海なし県なので、海を目の前にするとものすごい、そりゃもうものすごい、天地開闢に立ち会った並みの勢いでわくわくしてしまう。

 

興奮してばかみたいに動画を撮りまくる。

水平線が果てしないなあなんて思いながら、髪が風にもてあそばれるのを楽しむ。

 (※携帯で再生する場合は、インスタグラムに飛んでください🕊)

 

 

   夕方から京都で用事があったので、

海についてからそこまでゆっくりはしなかったけれど、海の余韻には言葉に尽くしがたい何かしらがあり、それをできるだけゆっくりと、咀嚼した。

 

山に囲まれた街でばかり育ってきた私の身体。

 

山が守る平地は、海の見える街に比べたら安全なのかもしれない。

 

山は動かない。水のように形を変えて襲ってくることは稀だし、むしろ山の向こう側にあるものから常に私たちを守ってくれる。

 

でもその代わり、空気がひどく閉鎖的に感じることがある。

 

 

潮風にまとわりつかれて新しい遺伝子が目覚めるような、ふしぎな感触。

記憶に刻んで帰路に就く。

 

おそらく風に当たりすぎたのと、帰りの車内の冷房に直撃していたのとでおなかを下しながら、ちいさな達成感と満足に酔う。なんでもないような旅が終わってゆく。

 

 

深い緑の座席で読んでいたエッセイは、トイレ下車の際にブックカバーごと個室に置いてきてしまったらしかった。

河原町行きの特急に乗ってから気がついた。

本もブックカバーも、なかなか気に入っていたのでかなしい。

 

 

いつしか下宿の最寄りに着いていた。