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夏の話 風がつよい

~連載第2話です。前回がまだのひとは、こちらからどうぞ。~

 

yuriyuriyuriyuri88.hatenadiary.jp

 

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いまどこいる?

 

待ちかねたのか、通知が来ていた。

 

う。どうしよ…

既読は付けたものの。

 

 

いつもは電話で声しか聞けない彼氏が目の前数十歩のところにいる。

 

ということを意識し過ぎてなんだか恥ずかしくなってしまい、

あろうことかわざわざ改札の前で待ってくれていた彼の前を気付かれないように迂回して早足で素通りしてしまった、だなんて。

じぶんのあまりの「うぶ」さに、さらに赤面してしまう。

 

 

もうついてる?

改札の場所わかる?

 

通知が重なる。

うぅ...

 

意を決して画面の文字盤を操作した。

ごめん。もう改札出ちゃった。

 

すぐに反応が返ってきた。

ほぇ!?

ぜんぜん気がつかなかった…ごめん

 

いや、うちも気がつかなくてごめんね

かっこウソだけどねかっことじ。心の中で。だって恥ずかしかったんだもん。

 

 

またすぐに通知が来る。

 いまから行く。どこ?

 

待ち合わせていた桜木町の、南改札口をでてすぐ広場に私はいた。

ランドマークタワーを左手に、目の前には海、観覧車、赤レンガ、かまぼこを無理やり立てちゃったみたいな高級ホテル、船…

 

おもわず見とれてしまう。

 

数年前にはじめて来たときは、あまりゆっくり風景をみる余裕がなかった。

空は夏らしくきれいに晴れている。

 

その場で写真を撮って彼に送った。

通知がすぐに来るだろうと思ってうつむいたら、よく知っている気配がしたので顔を上げた。

思ったよりも近くにいたので、せっかく引いた顔の赤みが若干戻ってきてしまう。

 

「久しぶり。今日帽子かぶってるんだな。はじめて見た」

 

いつも通り、彼はシャツを着ていた。そこそこ暑いので、今日は袖を数回折ってまくっている。

 

彼も音楽をする人だったけれど、私の音楽とはちがって常にステージの上で本番がある音楽だった。

 

しばらく聴きに行けていなかったけど、

彼がシャツ以外の、たとえばパーカーやトレーナー、カットソー、ポロシャツでさえ着ている姿を見たことがないし、

 

シャツの下に合わせるのはだいたい黒か紺のジーンズで、

スキニーとかクロップドパンツは履かないのかな、きっとかっこいいのにもったいない、なんてちょっと思ったり。

 

彼ほどシャツがきまる同世代の男の子はなかなかいないと思ってたし、

じっさい彼はフォーマルな服装がぴたりとはまる、端正な人だったのだけれど。

(いまでもたまに思う。)

 

私はと言えば、

H&Mで買ったサンダルに、黒のてろんとしたオールインワン、その下に無地のTシャツを合わせたわりとゆったりした格好をしていた。

 

サークルの合宿用に買った、大きなリボン付きの麦わら帽子をかぶってきたのはいいが、この日は風の強い日だった。

なんども飛ばされそうになるのを、できるだけさりげなく押さえる。

 

 「久しぶり。今日暑いね」

再会のあいさつは無難なことばを選んだ。

ほんとうはもっと、気の効いたことをいつも言えたらいいのだけれど。

 

目を合わせると顔から火が出るかもしれなかったので、彼の胸あたりから肩にかけてなんとなく観察する。

 

 

 桜木町の広場には、風が、嬉しくてたまらないというように何度もやんちゃに吹き上げてくる。

 

 

 

みなとみらいはいくら居ても飽きることのなさそうな街だった。

観光名所がたくさんあるのはもちろんのこと、

この街の主役である海は、特に晴れていると太陽の傾きに合わせて繊細なリアクションをこちらに見せてくれる。

デートスポットの鏡とも言えそうな演出をしてくれる。

 

私たちはとりとめのないようで、あるような、お互いの話をした。

 

まいにち会えない二人だったから、こうして隣で普通の話をしているだけでもドキドキしてしまう。

顔に出ないように気を付けながら、観光スポットである赤レンガの倉庫へつづく、汽車道をわたる。

 

赤レンガの前では防災フェスタらしき催しが行われ、消防車が何台か停まってはしごに人を乗せたり降ろしたりしていた。人が多くとてもにぎわっている。

象の鼻パークを通り過ぎて、大桟橋へ。

 

中の資料館をさらりと見ながら屋上のデッキに上がると、そこは海の上だった。

 

写真撮っとけばよかった。

見渡す限りの海と、水平線ぎりぎりをなぞってゆく船。たまーに汽笛の音がする。

ほんもののカモメをはじめて見た気がする。

 

海上では、風がさらに強まる。

帽子をとった。伸ばしかけの染めて間もない微妙な茶髪が、一気に後ろにもっていかれる。

 

 デッキを一通りぐるぐるして、いちばん高台にあるベンチに並んで腰かける。

途中で買ったカフェオレのペットボトルが、彼のポケットに入りきらずになんども落ちるのに、頑固になんども入れなおそうとする彼の姿がおかしくて笑った。

 

いっしょに笑いながら、ふいに手を斜め上にあげ、あたかもその反動でつい、というように彼の左手が私の右手の甲の上に降りてくる。

 

あ、と思ってそのままつないでくれるのかなと期待したら、予想よりだいぶ上のところで左手が静止した。

 

「…このままつないでもいい?」

 

わかっていたのに実際ことばでなぞられてしまうと急に恥ずかしくなった。

と同時に私はベンチに体重の半分を預けていた手を引っ込めてしまった。

所在がなくなったのをごまかすために、自分のペットボトルをなでるように触ってみる。

「だーめ」

 

えー、とかいって彼も渋々腕を引っ込めた。

そこはさぁ、聞かずにつないでほしかったな。って、その場で言えないくらい うぶ だった私も、私だけれども。

 

目の前では非常時の救助訓練をしていたヘリコプターが、海上ショーのフォーメーションに切り替えていた。

きらきらと日光を弾く曲線が放たれ、虹ができる。

 

きれいだね、と言いあって、彼のカフェオレがなくなるまでのあいだ、しばらくそこで時間をつぶした。

 

風はあんなに強かったのに、すっかり優しく穏やかになっていた。

 

 

~連載します~

明日で最終話の予定。