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夏の話 さよなら

~連載最終話です。前回はこちら~

 

yuriyuriyuriyuri88.hatenadiary.jp

 

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 大桟橋のデッキから出ると、もう14時を過ぎていたと思う。

眩しかった日光がだいぶ落ち着いてきて、午前中特有の清涼感は薄まり、熱を帯びたコンクリートの地面からの照り返しで空気が曇っていく。

 

実家には門限がある。夜9時には家についていなければならない。

ここに来るまで在来線で2時間半の道のり。彼の隣にいられる時間は案外、残り少ない。

 

 

ほかの大学生のカップルみたいに、当たり前のように夜までいっしょにいられたらいいのに。

 

 

ほかのカップルはほかのカップルなりに、きっとまた別な大変さをそれぞれ抱えているのだろう。でもやっぱり、つい羨望や嫉妬を感じずにいられない。

 

大桟橋の屋上のベンチ以来、結局一度も手もつながずに隣にいる。

自分からえい、といってみようか何度も迷うけれど、いつも答えは決まっていて、かわいい彼女ならまだしも、私がやってもなあ…と冷静になってしまう。伸ばしかけた人差し指をこっそり引っ込めるのだった。

 

いま私たちは中華街に向かっている。

正直に言うとどうやって行ったのか忘れた。

たしか、いっしょに電車に乗って行って、降りる駅をまちがえたか何かして、何駅分かてくてく歩いた気がする。あれ、それは中華街からの帰りだったっけ。笑。

 

覚えているのは、途中雨がぱらぱら降ってきて、あいあい傘をしたこと。

なんだかカレカノみたいだねー、とふざけてちゃかしたら、いっしゅん沈黙を置いた後にとても神妙な顔で、俺たち付き合ってるんだよな、と聞かれたのには笑ってしまった。

 

はじめて足を踏み入れた中華街は、とても鮮やかだった。

紅、紅、紅といった感じで、建物や柱の輪郭の部分や装飾のところに艶やかな緑、青、金色が施され、さきほどまでいた近未来的な港とは対照的な混沌、熱気が生々しい。

 

 

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(道行く道で甘栗が売られていた。おばちゃんたちがめっちゃ必死に売り子してたので買ってあげたかったが、高かったので買わなかったと思う。笑)

 

 

 小籠包や中華まんなど食べてみたいものはたくさんあったが、2人ともデートなのにコスパが良い店に入ろうとして、あーでもないこーでもないとダラダラした挙句、手ごろな値段で中華定食が食べられる店を見つけた。

 

まず二人で食事をすることに慣れないので、なんだか緊張して、まるでもともと少食な女の子のような食べ方をしてしまった。

とはいえ、お前そんなに少食だったっけ、とかちゃかされながらの食事は小学校以来ひさしぶりで、なんだかんだ懐かしくて楽しかった。

 

 

 遅めの昼食をとって中華街から港へ帰るころには、私の帰りの電車まであと2時間と少し、という時間だった。

 

 

 

さいごにランドマークタワーに行った。

中で服や雑貨をみてまわったあと、ジェラートを買って一緒にソファに座って食べた。

私たちだけの時間は、もう終わろうとしていた。

 

いつも別れ際になってから、お互いの距離が近くなる。

 

 

 

 

まだ夜景というには早いけど、ということでタワーの69F、スカイガーデンの展望台へ向かう。

 

前に来たとき(といっても当時より2、3年前の話だ)も私は従妹の兄といっしょに上まで上がりたかったのだが、そのころはもっと門限が厳しくて、6時には帰って来いと言われていたのでそれどころではなかった。

彼の演奏会を聞き終わって急いで電車のホームまで送ってもらって帰ったのだが、それでも間に合わなくて叱られたっけ。

 

そんなことを思い出しながら、券売機にお金を入れてチケットを受け取り、案内のお姉さんに半券を切ってもらう。

 

ランドマークタワーは高さ297mで、展望台のある69F までエレベーターで上がる。

よっぽど時間がかかるのかな、と思うがじつは40秒で着く。ほんとに一瞬。

 

私たちと同じようにデートを楽しんだカップルが、一日の思い出に花を添えるためにエレベーターホールに集まる。

乗る直前に彼が、じつはエレベーターで上がったり下がったりがちょっと怖い、と言っていて冗談かと思ったら、乗っている40秒 ぎゅっと手を握ってきた。私もだいじょうぶだよ、という言葉を込めて軽く握り返した。

 

エレベーターの中でやっとつないだ手だったが、扉の開いた瞬間景色に目を奪われてしまい、思わず離してしまった。そのままテラスを二人でぐるぐるとまわる。

テラスはバーのネオンや赤色灯の小さな灯りがあるくらいで、全体的に薄暗かった。

案の定、カップルたちが各々の世界にとっぷりと肩まで浸かり、ムードに酔いしれている。知れずと私たちも雰囲気に毒されてゆく。

 

絡み合う男女の脇をすり抜けて、広がる港町と海の前に所在を見つける。

 

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手をついて前のめりになりながらなんでもない会話をしていたら、一瞬だけ左手の甲に柔らかい感触があった。

私が嫌がると思ったのか、ものすごく遠慮がちに、いい?と聞かれた。

 

 大桟橋のデッキでは恥ずかしくなって機会を逃してしまったので、今度はなにも返事をせずに、彼の右手の甲に自分の左の手のひらを押し当て、彼の拳のゴツゴツしている部分を、さりげなく指の腹でなぞってみせる。

 

 

ちょっと、手つないでいい、の返事にしては、積極的すぎたかも。

 

とか思っていたら、私の手のひらの下に収まったまま、彼の手がゆっくりとひっくり返り、恋人つなぎの形になる。

そのままふんわりとお互いの手の感触を愉しむ。

ウイスキーを飲んだときみたいな、あまーい痺れが左脳のはたらきを停止させ、私たちもほかのカップルと同様、2人だけの世界に沈んでゆく。

 

私はすこし首をかしげて、彼の肩にもたれかかる。

彼はびっくりした様子で、一瞬肩をすくめた。

あ、ごめん、と言って顔をそらした。いつもの理性が戻ってきてしまいそうで、もったいない。もう少しだけ、このテラスに蔓延している甘い毒に侵されていたい。

 

いや、いいけど、と返事した彼は心なしかとても嬉しそうだった。

よかった、引かれてない、と安堵して、もう一度ゆっくりと彼の方に首をかしげると、彼の広い肩が少しこちらに差し出されるように動いた。

私も嬉しくなって、今度はさっきよりも肩に顔をうずめる感じで寄りかかって、支えてもらう。

腕はすでに絡み合っている。

昼間ほど晴れてはいないけれど、灰色の雲間から差し込む日光は午前中のときの眩しさのままで、ときおり海に反射して、空気の色を輝かせていた。

 

 

しあわせな時間は、すぐに過ぎる。

観覧車にも、乗りたかったね、と話しながら二人で駅まで手を離さず進む。

ありきたりな、よくあるカップルのように腕を絡ませ、お互いの顔を近づけたまま、名残惜しい気持ちをこらえて歩く。

 

また二人で来たいね、と語ったけれど、行かずに終わった。

いろいろあって別れてしまって、別れたあとの印象もお互い悪くして終わったけれど、このうつくしい一日は素敵な思い出として大切にしたいと思っている。

出会いも別れも、その後の関係の良しも悪しも、かならずしもお互いの人間性や性格に依らないと思う。

 

タイミング、なのだ。きっと、案外大事なのは。

 

~連載おわり~

ありがとうございました。

前回、前々回はこちらからどうぞ(全3話)

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