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やけくその誘惑

 それはおそらく、誰にでも唐突に訪れる瞬間だと思う。

 

ラーメンが食べたい。いますぐに。どうしても。

 

わかる。

か弱い女子大生にだってそんなときはある。というか全然珍しくない。というかしょっちゅうある…

 

油、油と言われがちなラーメン。

でも、相対的な栄養素バランスの比率をみてみると、タンパク質と炭水化物に比べ脂質の値はかなり低いらしい。(カロリーSlismのラーメンのページより http://calorie.slism.jp/200031/ )

 なんだか少しだけ救われた気分になる。ほっ

 

でも不思議だ。

なぜ人はこんなにも衝動的にラーメンに心を占拠されてしまうのか…

 

サークルで代々行きつけの(とはいいつつ実際は3代前の部長から行きはじめたそうなのだが)餃子屋さんがある。

三宝」という。

餃子も焼き飯もラーメンもどれも似たような味がしてどれも美味しい。

てっきり個人経営かと思い込んでいたが、最近になってじつはチェーン店なのだと知った。

 

私たちがよく出向く三宝は、北野天満宮から南へすこし下ったところにある。

 

店主とはすっかり顔なじみだ。

いらっしゃーい、今日もC定?

と気さくに話しかけながら、終始笑顔でお冷を注いでくれる。

 

終始、笑顔で、終始、お冷を注いでくれるので、いつまでもいられる。

 

私は半年ほど前に、先述した3代前の部長と4時間居座ったのが最長記録で、このレコードはいまだに更新されていない。

店主はそのときも全く嫌な顔をせず、終始、笑顔で、お冷を注ぎ続けてくれた。

あれは、なんだか感動的だった。

 

最近はめっきり行く回数が減ってしまっていたのだが、たまに顔を出すとちゃんと覚えててくれるので嬉しい。

 

こないだ(5月ごろだったか)いつものパブでセッションが白熱したのち、楽器談義に興じてすっかり丑の刻も過ぎて、帰るころには午前3時をまわっていた。

 

ものすごくおなかがすいていた。

楽器を扱うととにかく集中するので腹が減るのだ。

しかもその日、タイミングを逃して一食も口にしておらず、そのままパブで空きっ腹にギネスを流し込んで酔っていたから、余計だった。

 

ああ、こうなったらとことん、身体に負担のかかる食事を、こう、ドカッと…

 

残業帰りに誘われた飲みに仕方なくついていき、予想していたよりもだいぶ飲まされ、先輩のOLをしっかり駅まで送った後に何の見返りもなくただ疲れ果てて帰る新米の男性サラリーマンのそれとは似て非なる状況だが、頭の中で渦巻く感情はまったく同じである。

 

ああ~~~~!!!ひとりでラーメンすすりにいきてぇ~~~~~~!!!!!

 

要するに、精神的疲労からのやけくそラーメンである。

 

店主と会うのは久々だったのだが、

お!!この時間めずらしいよね。

いつもの笑顔とお冷で迎えてくれる。この時点でHPが70%回復している。

 

カラカラ…と注がれる水でグラスの氷が浮いてゆく。

今日だいぶ疲れてるね。どした??楽器?

 

はいー、ちょっと調子に乗って弾きすぎちゃって~。

 

そっか~。ほい、どうぞ。

急に冷えて温度差で汗をかいたグラス。手を添えて、ほうっと息をひとつ吐く。

 

ご注文は、C定?

 

いえ、今日はラーメン単品の醤油で。

 

お!りょうか~い。

 

ピンクのエプロンを付けた茶髪の店主が、ちょっとオネエのひとみたいなおどけた仕草をしながら、厨房に戻っていく。

今日はいつものお姉さん、いないのかな。

たいていお手伝いのお姉さんが店主といっしょにいて厨房の仕事をしているようだったが、この時間はもう帰らせているのかもしれない。

 

間もなくしてラーメンが上がってきた。

 ほくほくと湯気が立ち上るのに合わせて、チャーシューと醤油とガラスープの匂いが私の嗅覚を満たしてゆく。

 

はああぁん…シアワセ…か…

 

いま手元に写真がないのが残念でならない。

他の三宝は行ったことがないので知らないが、この店は「じぶんの家の台所感」にあふれている。

 

店自体の造りはまったく凝っておらずシンプルだが、

積年の常連客が残していったと思われるメッセージやハガキ、店主の似顔絵や店主とのセルフィー、手書きのメニュー、雑誌の切り抜き、、、が所狭しと壁に貼られ、天井にはなぜかありとあらゆる種類のタバコの空き箱(見たことのない銘柄もいくつかある)が飾られている。

ひとことで言えば、「カオス」だ。

 

でも、その圧倒的なあたたかいカオスが醸し出す店内の空気が好きだ。

去年卒業していったサークルの先輩の迷言がある。

 

三宝は自炊」。

 

この店のアットホーム感が激しく伝わってくる「名言」である。

 

 

やけくそラーメンの誘惑には負けるべきだ。

せっかくラーメンを単品で頼んだのに、食べ終わった後さらに魔が差して結局餃子も頼んでしまった。

これだったらごはんもつけていつものC定食の方がよかったじゃないか。

いや、さすがにごはんまでは入らないから、これでよかったのだ。

 

些細な後悔と満足が入り交じり、最終的に精神の疲労なんかどこか遠くのことになっている。

つまりラーメンはこのとき一つの「娯楽」である。

 

やっぱり食べ過ぎた、と重たい胃を引きずりながら帰路に就くころ、もう空は白んでいる。

 

朝の透き通った酸素を肺にいっぱいに吸い込んでふらふらと進む。

今日の一限はとぼう、などと、悪魔のささやきが聞こえてくる………