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星の炎

 

薔薇色、の夕陽を見たことがある。

7年前の話だ。

 

 

中学2年の夏休みだった。

私の母親は変わった人だった。

私が小学校4年生のころから、毎年姉弟のだれかが夏のキャンプに行かされていた。

場所やイベントの内容はさまざま。

鴨川シーワールド(千葉県の水族館)の水槽展示の前で一泊二日したり(朝トドの奇声で最高の目覚めだった)、牧場で羊と戯れた後にジンギスカンをみんなで食べたり(美味しい)、地元栃木県の那須塩原市の山奥の宿泊施設で夜な夜なドッジビーをしたり(若い)、高知県四万十川を4泊5日で河原伝いにキャンプしつつカヌーで下ったり(楽しい)

etc.

 

 

普通に生活しているだけでは得られない経験から何かを得てほしい、という教育方針だったのかもしれないし、普段両親が共働きで友達とプライベートで遊びづらかったので、そこに配慮して一味違った体験を、ということだったのかもしれない。

 

イレギュラーを自称して開き直っている二人だったから、おそらく前者かな。

まぁわからないけど。

 

 

 

とにかくその一環で、無人島に4泊5日でサバイバル(という名の普通のキャンプ)企画に参加したのだった。

 

 

確か、沖縄まではいかない南の孤島だった気がする。

鹿児島県の管轄の、どこかの。

旅程の印刷されたパンフレットが郵送されてきて、最後のページに決まって緊急連絡先が書いてあるのだが、「宿泊先の住所」の欄に「南の海のどこか」と書いてあったのには、笑ってしまった。

 

 

毎日班行動でやることが決まっていて、寝泊り以外は男女とも一緒に行動する。

 

班の子たちとはすぐに仲良くなるタイプで、大学生のボランテイアが一人リーダーに着くのだが、たいていどのキャンプでも頼りにされた。

いま塾講として子供たちをみる側になってわかるのだが、どの子とも仲良くできてこちらとも意思の疎通ができる子を頼って味方につけると、取りまとめが格段に楽だ。

おまけに子供側とも信頼関係が築きやすい。一石二鳥である。

 

 

シュノーケリングやダイビング(腹痛で参加できなかった)、釣り(あまりに下手過ぎた。まず釣り糸が投げられない)、お決まりのキャンプファイヤー(なぜか班でSMAPを踊った)、「キャンプ」という語から連想できるイベントは一通りやったと思う。

 

 

 

 

何日目かの、晩。

 

「海ガメビーチ」と呼ばれる、私たちがテントを張ったのと反対側の浜辺に寝袋だけ持って移動して、野宿をしようという企画があった。

なんでも、海ガメが毎年(?)産卵にくるので、そんな名がついているらしい。

 

 

浜に着くまでがなかなか大変だった。

海ガメビーチまでのこの道のりが、一番無人島感があったと思う。

あいにく夜は曇っていて、途中小雨が降ったりした。

南の島なので暑いのはもちろんのこと、視界の利かない中 野道を草分け進まなければならない。

 

もったりした空気の水分と、シャツの中の汗と、耳の辺りを飛び回る羽音。

足首かゆいし。

 

懐中電灯はみんなもっていたのだが、そこは無人島だけあって森の中は足場が悪すぎる。突然木の根が地面を持ち上げていたりすると危ないから、常に2メートル先くらいLEDの光輪を往復させながら進む。

全国から集まった同世代の参加者が40人ほど、一列になって進む。玉突き事故も珍しくない。

 

やっとついた先は黒々とした水の塊の気配だった。

夜の海に昼の快活さはない。

身の回りの水分がさらに増したので、空気はもう一段階重くなる。

私たちが遊んでよい、いつもの浜とは違う雰囲気に戸惑ったのを覚えている。

そこは紛れもなく人の気配を受け付けない自然の浜で、ここでは自分たちに主導権はない、ということを肌で感じるというか。

 

 

寝袋にもぐりこんでもぞもぞと身体を回転させ、仰向けになる。

思わず目を見張った。

空がなかった。空における空白が、まったくなかった。

星の煌きでびっしりと隙間なく埋められた宇宙は、地球に触れているこのとき、なんて呼べばいいのだろう。

 

 

 

 

流れ星をいくつも見つけた。

個数を友達と数えながら、あまりの美しさに目を閉じるのがもったいなくて、なかなか寝られなかった。

 

 

 

 網膜がじんわりと明るくなって、朝を感じた。

起きてはいたが目を開けるのはまだだった。

昨晩の煌きを想像しながらゆっくりまぶたをよけると、そこは空だった。 

ちょっとがっかりして、それでも朝陽の茜色が綺麗だと思った。

 

寝袋のチャックを降ろして伸びをしてから起き上がると、ほかに起きている人はいなかった。大学生のリーダーの誰かが、昨日の晩のお酒の空き缶(リーダーと責任者たちは浜に着いた後飲み会らしいことをしていたらしかった。もちろん子供たちが寝着いた後。私はしばらく起きていたので笑い声を聞いたりしていた)

らしいものを片づけている。

 

 

それまではみんなの寝ている浜をぼんやり眺めていたのだが、ふいに海の方が気になって身体を向けた。

 

 

夜は見えなかった岩々が景色の脇に不格好に突き出している。

視界のまんなかはただ海があり、水平線上に大気で輪郭のぼやけた小さな島のようなものがうっすらと見える。

太陽はまだどこにもない。まだ上っていないのだろうか。

 

しばらくそのまま自然の海を見つめる。

 

と、視界には入らない場所から太陽が昇ってきたようだった。

眩しいので直接見ることはできない。

目を細めて自分の目の前の海を見ていると、太陽の光線がじわり、じわりと徐々に夜の余韻を押し上げてゆく。

とても強い、激しい、ピンクのような、オレンジのような、赤のような。

 

「薔薇色、って言うんだろうな」

どこかで聞いたセリフを心の中で思わずつぶやいてしまった。

 

不思議な星の炎の色はあっという間に海と空を侵略していった。

昨晩の煌きが、いまは海面にある。

 

大事な人に見せたい景色だと思った。

 

 

次第にみんなが起きてきた。朝ごはんのサンドイッチを頬張るころには、炎の色は大気に溶けて消えていた。

 

 

たぶんあの色は一生忘れない。