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心ごろし

兄は流産で死んだ。

 

この一言だけで、わたしにとっては完結していて関係のない話のはずだった。

へぇ、兄がいたかもしれないのか。生まれていたらどんなひとだったんだろう。

会えてたらなにを話せたかな。幼い頭で自力で考えられた感想は、それぐらいのものだった。大人の考え方を大人の言葉で借りたのがいけなかった。

 

「お兄ちゃんがもし生まれていたら、あなたたち姉弟は生まれてこなかったのよ。

特にゆり、あなたはぜったいに生まれてこれなかったと思う」

 

この母の一言がその後わたしに何十年分もの重しを載せた。

 

自分の生まれてこなかった可能性。

ぜったいに同時には存在できなかったわたしと兄。

お兄ちゃんがいたら、という可愛らしい想像の世界は一気に吹き飛んだ。

どちらかが運により生き残った。

片方は死んだ。片方は本来、先に受胎されただの細胞ひとつのまま、母の胎内を通過しただけだったはずが、先のものが死んだからたまたまヒトのタマゴになれた。

 

母はよく兄の話をした。

兄のことを愛称で呼んでいた。

わたしも兄のことを母といっしょに楽しく和やかに話そうと努めた。実際そうした。

母が一通り兄のことを話し、気が済んだらしいとわかると幼いわたしは席を外した。

そういう日は、トイレかお風呂がたいてい長くなった。あるいは眠れなかった。

考え事をする癖がついた。

人の言動を勘ぐる癖がついた。

人の感情の揺れ動きや、表現の変化に敏感になった。

 

「ママは、どっちに生まれてきてほしかったのかな」

 

考えても仕方ないことだと幼いながらに自覚しながら、やはり考えてしまった。

いまでも、考えることがある。

実際に生まれてきたのは、あたしだ。だからお兄ちゃんのことは関係がないし、お兄ちゃんがもし生まれていたらなんて、考えても仕方のないこと。

 

大人だって考えても仕方のないことを日々考えてしまうのに、小さい私がわたし自身にブレーキをかけることなどできるはずもなかったと今は思っている。

 

 

母が兄の話をした日は、自分のいない世界を想像した。

若い母が抱いているのはわたしではなく兄だ。

受胎したときの条件がほぼ変わらなかったのなら、きっと兄も私と背格好は似てたはずだ。

背が高くて、釣り目は切れ長で、筋肉がつきやすくて、自分の容姿はまるで男の子みたいだとずっと思っていたし、ほんとうならお兄ちゃんの自意識がこの体に入っているのが正しい形だったんじゃないかな。

弟たちは、ママが言っていたように、わたしがお兄ちゃんだったとしても、今のように生まれてきた可能性がある。わたしが受胎したのはお兄ちゃんが死んでそんなに経ってなかったはずだけど、弟たちになった細胞というのは、兄が死んでどちらにしろ何年か経った後のはずだから。

そうしたら、わたしだけが兄と存在できなかったってことか。

 

小学3年生にあがるころにはそんなことを考えていた気がする。

 

学校の帰り、友達と別れて一人になる道で毎日考えていたことがある。

想像上の兄と頭の中で会話をするという試みだった。

自分の中で兄という存在をきちんと消化しておきたかった。

自分の頭の中から、はやく出ていってほしかった。

だから自分の中でつくりだした兄のいた可能性について、兄と話して充分に和解して、母が兄の話をはじめてもうろたえないようにしたかった。

 

その過程で、私がつくりだした想像上の兄に、一番聞くべきではなかったことを聞いてしまった。

「お兄ちゃんの方が先にこの世に形ができて、ママのおなかに宿ったのに、運が悪くて死んじゃって、そのあとお兄ちゃんだったかもしれない細胞の残りと養分を吸収して、普通に生まれてきたわたしを恨んでる?」

 

母が兄の話をするときよく言っていたフレーズで、「ゆりは魂2倍なんだから、お兄ちゃんの分もがんばって生きなきゃだね」というのがあった。

「お兄ちゃんだったかもしれない細胞の残りと養分を吸収して」というのはそれを踏まえてのことだった。

 

母に兄の話をしてほしくなかった。

流産した母親にとって、胎内で死んでしまった命というのはきっと忘れがたいだろう。

でも忘れてほしかった。

いま母の目の前にいるのはわたしたちなのだ。せめて私たちには兄の話をしないでほしかった。

 

月日は流れた。

兄は相変わらずいない。

でもわたしの頭の中には兄がいて私のいない、いまわたしのいる世界が存在し続けている。

兄はわたしと同じ顔をしてわたしのようにして私よりもずっと快活にそこで生きている。

そこで兄がいきるために消費しているのはわたしの精神力だった。

わたしのメンタルを蝕みながら、母が喜ぶから、幼い私が守ってきた母のための兄の世界だった。

 

自分の首を絞める行為だとわかっていても、がんばってきた幼いわたしに免じて、兄のいた可能性はいまだに影濃く残してある。

 

幼いころ母に口応えするとよく言われた。

「子供って残酷だよね。そうやって人の心をわからないんだから」

 

そうだ。子供のまま大人になった人はそうやって残酷だ。

人の心をわからないまま、子どものことさえ鋭利に傷つけるのだから。

そういう人が大人になっていく人の心を殺すのだ。