読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

むかつき疲れたらこの世の小さな幸せを謳歌してやる

「お前は扱いづらい」

 

昔付き合っていた人とちょっと口論になった時に、彼の口から漏れ出たこの言葉。

扱いづらい。

嫌な響き。でも当たってると思う。思えば、小学生の時から高校までずっと、担任の先生泣かせな生徒だった。家庭でもイレギュラー扱い。あなたは人の気持ちがわからないのね、とよく母に言われていたこと。部活とか、クラス活動とか、そういうのあんまり馴染めなくて、気を許せるかもわからない大人数より、確実に気の合う少人数と一緒にいるのが好きだったからなんだけど、やっぱり集団の中ではいつもマイノリティ。だから友達正直少ないし、でも別に、気を完全に許せる仲じゃないにしても、その人のことを嫌いだとか受け付けないとかではなくて、単純に「わたしはあなたのことをあまりよく知らないから」と思って引いてるだけなのだ。知らないから、知ろう、って前に出れないので、あ、これはわたし、この人に気を許してないんだな、と自覚するわけで、あくまで遮断しているわけではないのだ。でも、こんなこといちいち他人に説明しない(する方も聞く方もたぶんめんどくさい。)し、説明しないからわからないんだろう、伝わらないんだろう、説明すればいいのかもしれない、と思ってもなお別にあえて言いたくない。別に世の中の出会う人全員に気を許そうなんて思ってないし、仲のいい人と細く永く続けばそれでいいと思っている。一般的な価値観じゃないのかも。多分そこらへんが、わたしが「扱いづらい」理由なのだろうなって、思ったりする。

 

けどね。それ、本人に言う?????????

本人に言うことですか???????たとえつい漏れ出てしまったにしても、やっぱり常々思っていたからそういう言葉が出るのだろうし。むかつくわー。むり。

なんか、そんなことを思い出したりして。最近夜に雨に降られることが多くて、それがたいてい自転車で楽器を背負って外出しているときで、くそっ、てなる。これもむかつく。

そうやって、心の中に泥みたいに鬱々とした感情が溜まっていって、しこりになって、何年も残る。しこりはたくさん持ってる。これもまたむり。つらいししんどいし。

 

21年。ながいな。よく生きてきた。ほんとによく頑張ってきたもんだ。それなりにつらいことたくさんあったね。

すぐほかのだれかと比較しちゃう。あーわたしってやっぱだめなやつだ。そこでまたむりってなって殻に閉じこもる。独りで勝手に落ち込んだり立ち直ったりして、他人から見たら劇的なダサさだろうな。そうやっていつも独り相撲結局はしてるだけなのに、気がつかないで、「あー今日もわたしの苦労・心労、だれもわかっちゃくれない」とかっていじけて拗ねちゃって、ほんとバカみたい。幼児か。お前は幼稚園児なのか。21歳児。おい。ほんとバカ。

 

自分のことまあまあ叱咤激励してよく育ててきた方だとは思うんだけど、なんていうか方向性ミスったよね。ないわー。まじで。他人に対して優しすぎるんだよね、お前は。

普通一般的に、自分のこと考えるみたいにして他人のこと考えたりしないもんね。その人の育ってきた背景だとか、自分の知らないところにまで、「自分が知らないこと」にまで配慮をしてそこまでして基本的に理解できない行動も共感できない行動もとりあえず肯定する。この人はこういう考え方をする。多分この人なりの理屈が通ってそれをしている。わたしはそれを知らないから共感はできない。でもそれとこれとは別で、わたしが相手の行動をいちいち是非の判断する理由にはならない。そういう、これも「私なりの理屈」なんだけれども、めちゃくちゃ個人的な価値観に自分も忠実な方だから、わかる。そんな感じ。

でも、それだけ他人のこと思いやれるからって、前提を忘れてたらいくら思いやりだろうが肯定の気持ちだろうが、一方的な価値の押し付けにしかならないので、押し付けられた相手は不快。押し付けられたということに対しての不快なんだ、それは。

 

「愛情」という言葉はずるい。世の中でいちばん「愛」がうさん臭くてパワー持ってる。言葉としての肯定のパワーがすごい。すごいから、どんな文脈も無視して「愛情だから」「愛があるから」といえば全世界がそのひとのことを肯定してくれちゃうんだ。ずるいよなぁ、それって。「正義」と同じで、自分の辿ってきた文脈を振り返りもしないで、使われてるんだ、日常的に。されて嫌なことは嫌だし、それはされた側が思うことであって、する側の気持ちとかどうでもいんだよ。だってされた側が不快なら、する側はほんとに相手のこと思いやってなかったというなによりの証明。でも認めたがらないよねたいてい。知ってるよそういう人たち今まで多かったしごめん悪いけど心の底から軽蔑してるんだそういうとこあるひと。自分がされてきてやだったからね。でもじぶんもしてるかもしれないからって考えるとまたやんなってくるよね。しんど。

 

なんか、そういうのとか。考えてもしょうがないことばっか大人になって考えてる。

もっと大事なことから逃避してるんだね。自分にとって大事なことをするのはこわいよ。いじったらどこかが狂って、だめになっちゃうかもしれない。またネガテイブな未来ばっか想像してる。

 

こうやってほんとに疲れたときは、お気に入りの定食屋に行って、ほかほかのご飯と、ちょっと味の濃すぎる味噌汁と、なんか揚げ物、より肉かな、肉と、あとちょっとだけ添えられたほとんどキャベツの千切りでしかないサラダの小鉢で元気になって、その帰り道でコンビによって、なんとかパフェみたいなん(たいていプリン乗ってる)買って別に家にあるし要らないのになんかスプーンつけてもらって、お湯沸かしてカフェオレいれて、かわいいマグカップで飲むの。おいしい。前は確実にまずいと思った粉末のカフェオレでさえ疲れてたらこんなにわたしに優しい。素晴らしいこの世界は。そしてお風呂にきれいな色の入浴剤(だいたいピンク)投げ込んで、ジュワーって発泡してるうちに身体入れちゃう。めっちゃほかほか。めっちゃきもちい。天国天国。

あとは湯船から出ていい匂いのシャンプーとトリートメントしたら、お風呂から上がったころにはもう嫌な気持ちなんてぜんぶ忘れてるさ。そんなものさ、悩みなんてまじめに悩むのばかばかしいよ。いやなことはぜんぶ忘れちゃおう。

 

自分のコントロールができるようになったから、前より中身も大人になれてるかな。ほんとこどもの部分て自分でうまくあやしてあげないと、この先やってけないよね。「だいじょぶだにょーん(´・ω・)ノㇱ」って自分のことヨシヨシしてあげないと定期的に。労わってあげないと独りじゃやってけないよ。自分だって自分のこと扱いづらいって正直思ってるし、ていうか自分が一番自分に手をこまねいてるんよ。だから、わかってるんだよそんなことはさ。わかってるし、自分でなんとかできるからそのうち。もっと優しい言葉ちょうだいよ、どうせくれるんなら。はい、以上です()

f:id:yuriyuriyuriyuri88:20170131092949j:image